6月5日

(あ)ほかのアーティストや作家の作品をみて項垂れながらもやるしかないと手を動かしていたら思い浮かんできたものがあって救われた。少し前向きになれた。

6月4日


6月3日

(あ)台風一過の満月


6月2日


6月1日

(ま)ひさしぶりに履きたくなって大切にしているスカートを履いて横浜へ。展示を見て歩いていると大学受験の前日にタクシーで送ってもらって数時間だけ勉強した図書館に着く。とんでもない坂の途中にあって建物というよりもその坂に見覚えがあり、やっぱりその図書館だった。ギターを担いで自転車をガシャンガシャンと言わせながら坂を登っていくひと、ミントグリーンのカーディガンをはたびかせて悠々と下り坂にさしかかるひと、電動自転車ですいすいと駆け抜けるひと、この街で暮らすことはあまたある勾配の急な坂とどう向き合うかと密接にかかわっていそう。本屋さんで、以前返してもらうつもりで友人に貸してかえってきていない本をみつけ、このところその本をずっと読みたかったので我慢せずに買う。だれかに貸す時はあげるつもりで渡す、といっていたあさちゃんのことを思い出す。ききたいことをきけずにおわってしまったけれど、そのままでもいい気がした。帰ってきて段ボールをすてにいくと道路の真ん中からじっと動かないひとがいてこわかった。土砂降りの雨はあの坂にも降っているのだろう。

5月31日


5月30日

(あ)ここ最近は頭だけ忙しくしてしまい、手はも身体も動かせなかった。罰が当たったように、昨晩みぎうで・ひだりうで・みぎあしと蚊に刺されまくった。一夏分くらい刺されたのではなかろうかくらいには血を吸われて、全身がひどくかゆい。とくに、みぎあし小指と、みぎうでわきの下2か所。結局前髪の微定点もしkっくり来ず、どうしようとなって迷子。

5月29日

(ま)今日、明日と雨らしいがどうしようもないのでお洗濯物をまわして部屋干しをする。ハンドクリームは冬じゃないからって油断せずに塗ったほうがいい。

5月28日

(ま)花火をするって聞いて五月にする手持ち花火ってなんていいのだろうとワクワクしながら同期の家に着くと、わたしの到着が遅すぎてもう全然花火のモチベーションではなくなっていた。ぽつぽつと話をしていたつもりなのにそのまま眠っていた。起こしてもらって以前から楽しみにしていたライブに向かう。高円寺にあんないい劇場があるなんて。これから二年間の担当を決めるたいせつなジャンケンにものすごい勢いで負ける。少し前から読んでいる伊藤さんの『激ヤバ』がクールすぎて、負けたほうが美味しいやん、と思っている自分もいる。実際そんなことはないのだけれど。

会場は楽屋が屋上で風に吹かれながらヤパハウスのことをひとりで、思った。

5月27日


5月26日


5月25日

(あ)新しい作業場を手に入れた。Wi-Fiが整えばさらに快適になる。あほですが、まじめに前髪微定点観測を始めてみようと思う。

5月24日

(あ)疲れすぎて前髪を切った。ぶつ切り。宮市亮が30歳になっていた。疲れた

日にちを間違っていることに気付く、5月25日17時12分


(ま)はやくから出かけて一日中作業しようと思っていたのにたくさんお昼寝をしてしまい夕方から図書館へ。喉にいやな感じがあったけれどあたたかいそうめんを食べたら随分やわらぐ。窓際の席は大きな窓から夕日が沈むさまがよく見えて隣の隣の席のひとがさっきゆっくりとブラインドをあげた。後ろに座っている中学生の線イヤホンからはずっと椎名林檎の同じ曲が流れている。日がこんなにも長くなっていたことにしみじみとしながら、ひたすら文字を打っている。文章になる前の断片のものや、ふっと湧いてきたそれ、をとにかく吐き出すように打ち込んでいく。寝過ぎたせいで頭がおもたく、なんだか体温も高い気がするけれど今日は閉館までここにいる。

5月23日


5月22日

(ま)現在、17時13分。目覚ましをかけずにこれでもかというくらい眠り、13時すぎにモゾモゾと起きてナッツと冷たいコーヒー。そこからはたくさん寝た分ウキウキしてきてお掃除、お洗濯、洗い物を楽しくこなす。歌とかうたっちゃいながら。一日中おうちにいていい休日がひさしぶりなのでおざなりになっている色んなものをなんとなく正していって、とにかくいま暮らしているお部屋の規模を考えるとものを捨てる以外にこれ以上快適にできる要素がないという結論に至る。でも何を手放すのか判断するキャパシティがいまはない。キャパシティのことを大体のひとはキャパという気がする。こころが何だかささくれていてこんな時にはもうお買い物しかない!とネットであれこれ見ていて、そういえば伊勢丹に行こうと思って2ヶ月くらい経つ。何かを手放そうとしながら常に何かあたらしいものを求めている。これをしていてはずっと空白がうまれえない。

日が暮れたら洗濯物を取り込んで本屋さんとスーパーへいく。愛咲子ちゃんが前に撮ってくれた写真のなかの自分とときどき目が合う。

5月21日

(ま)現在、5時52分。目が覚めてお洗濯物をまわしてご飯を炊いている。今日は働きにいってからライブへいき、明日は1週間ぶりのおやすみだから一日中作業をする。その合間に書きたかったひとにお手紙を書いてこれでもかってくらい本も読もう。養成所でのいちばん最初のライブでわたしの名前を覚えてくださっている先輩が多くて見てくれて嬉しいと思う反面、見られたいと思うことの恥ずかしさもある。外ではカラスが鳴いている。

5月20日

(ま)ほんとうに色んなドラマがあるなぁと改めて痺れながらセカンドの決勝を見て15年という時間の流れを思う。ただそれにしても6分は長くてそれだから一瞬である。おうちに着くと昨夜落合さんからいただいた金メダルがひかっていてそのことにとても救われる。ひろちゃんから届いた葉書をお花の写真のよこに貼る。金川さんの『いなくなっていない父』を読み終わり、そういえば読む前から〈不在〉ということばが最近頭の中にあることに気づく。

5月19日

(あ)うどん/大切にすること/英文訳/暇あれば研究科教授のツイッター閲覧


5月18日

5月17日 11時48分 東京#277

(あ)撮っていたらロールが切れたので明日買いに行かないと。いろいろやらねばならないことが思っていた以上に多いのとそれなりに深く向き合わないといけないので「・・・アカン」となっている。9月に間に合うんだろうか。やれるだけやってみる

5月16日

(あ)実家の広辞苑を送ってもらって気になっていた言葉を索引した。毎週火曜は近所の八百屋の特売日なので仕事終わりに寄っていちごを2パック購入した。新しいカップに入れながら流水で洗って、カップの中でいちごに踊ってもらった。自分のためにカラー写真を撮ろうとなんかさっき思った

(ま)現在、2時28分。ずっとブログを読んでいた方とご一緒されていただきふらふらしながら帰宅したのだけれど、今夜の月はこころに焼き付けなければと思い今ほどベランダに出るも月も星も見えずじまい。ひさしぶりに文字通りあぁ、東京だと思う。

5月15日

(ま)現在、0時23分。新幹線のなかで丸々ねむってしまい東京駅に着いて慌てて降りる。おうちで荷物を置いてから前から予定していたはじめてのメンバーで展示にいく。同期と言ってもちゃんと遊んだことは数えるほどしかなくいろいろと話をする。時間があってもあっても足りそうにない。21時すぎに帰ってきてから眠たかったのにやる気に満ちていて少しだけ走りに行った。夜のジョギングがひさしぶりすぎてその新鮮さにくらくらした。実家にいて社会人になりたてのときはしばらく石ちゃんとジムに通っていて、そのころよく筋トレしながらかけていた曲を聞いてみたけれどしっくりこない。大きな坂が多いけれどこの街でいいコースを開拓したいし、長く走れるようになりたい。

5月14日

(ま)現在、22時2分。家を出るときに降りかけていた雨はすっかりやんで、はじめて納骨というものに立ち会う。お墓ってあぁなっているんだ。ぜんぶが終わってから、明日からポーランドに飛び立つ友人といつもの神社を歩いた。ここでたくさん話をしたし、何にも話さない時間もたくさん過ごしたように思う。帰り際、本降りになった雨に結構濡れた。兄はいっしょに骨を食べてくれた。

5月13日

(ま)現在、0時12分。起きると嫌な予感がしてすぐさま窓のそとを確認すると雨が降っていて、昨夜干した洗濯物たちが見事にさらされていた。ごめん、と思いながら取り込むと思ったよりも乾いている。東京駅で毎年母の日にわたすクッキーを買うが、人気みたいで母の日パッケージがもうぜんぶでてしまっていた。いちばんお花の多いものを今年はすこし多めに買う。乗りたかった新幹線の2本あとになんとか乗り込む。植本さんの『愛は時間がかかる』をぐんぐん読んでいくが途中でひどい眠気におそわれて後半はずっとねむってしまった。ほんのもう少しが読み終わらずに1ヶ月半ぶりの新潟駅に降り立つと気持ちのいい気温でやすらぐ。ということは東京はきっと肌寒いのだろうなと思いながら、バスには乗らずに歩いて自宅に向かう。橋をわたりながら一年前までこの街で会社勤めをしていたことがほんとうに信じられないような気持ちになって、でも確かにその時期があったことはわたしが誰よりも覚えているのだった。新潟にいたときの自分をわたしはどこか許していないところがあって、それはなんというかもっといるべき場所があるはずなのに安全なせいかつを手放せなかったことであるとか、挑戦せずにいたことだとか、会社員をしながら「会社を辞める」と2年くらい言い続けていたことだとか、そんなことを思い出そうともしないのに考えに浮かぶそれらを考えながら、とにかく黙って歩いた。

いちばん広い居間の畳が張り替えられていて、大きな孔雀の剥製が置かれていた場所には祖父の遺影が置かれている。夕食が終わってコーヒーを飲んでいるときに帰ってきた兄に「明日いっしょにおじいちゃんのお骨を食べよう」と言ったら嫌だと言われてしまった。その1時間後にIPPONでホリケンの回答に大笑いした兄が「やっぱり食べる」と言って、父と母とわたしはいっしょにそれを聞いた。

5月12日

(あ)近所のスーパーで68円で売っているみちょがうまい。

5月11日

(あ)緊急速報で4時半に目が覚める。古い家なので波線のような揺れ方をしていた。そのまま少し眠って7時30に母からの電話で起きた。今日は交点さんで購入したコーヒー。ドリップパックから粉を出してフィルターに入れてハンドドリップをしてみた。イサナのブレンドと似ていた。空御籤には美しい言葉が書いてあった。

下の階の住民も私の同じように窓をあけているようで誰かと話しながら結構なボリュームで昭和のポップスを歌っている。みんなにきかせたい。けっこうきれいな声

5月10日

(あ)わたくしもだいぶ早くに眠ってしまって、朝もだらだら過ごして、昼にようやくシャワーを浴びて、いま仕事をしようとしている。でもまずはこちらを更新してみている。写真をスキャンする前に家を出てきたので帰宅したらスキャンして載せます。こんなに晴れているのに洗濯は一切できておらず、そろそろ洗濯機から洗濯物があふれてきた。さすがに今夜から明日にかけて回さなきゃとおもっていつからかわからない竿にかけっぱなしの服を撮った。昨晩からコーヒーを4杯も飲んでいる。だけどちゃっかりカフェインレスを飲んでいるので手は震えない。眠くもなる。これから7時間働かないとなのに眠い。いまはローソンで半額になっていた飲むヨーグルトを飲んでいる。

(ま)21時にはねむってしまっていてぴったり12時間ねむって目が覚めると、どこからか音がしてよく見たら水道がでっぱなしになっている。ため息をつきながらすこし強めに蛇口をしめる。窓を開けると気持ちのよい風がはいってきてまだ大丈夫だと思える。冷蔵庫で冷やしているパックを顔に貼り付けてもう一度目を覚ます。PCのスピーカーがこわれてしまったようでラジオを流すけれど音がちぎれちぎれにしか届かない。いま初対面のひとに元気?と聞かれたらきっと正直に「元気じゃない」とこたえるし、ついさっき熱々に淹れたはずのコーヒーは、もうぬるい。

5月9日


5月8日

(あ)朝東京に帰ってきて少し休もうとベッドに入って目が覚めたら11時54分だった。まだ雨が降っていたので洗濯はあきらめてたまった洗濯物をみつめてぼーっと過ごした。おみやげでいただいたディズニーランドのカップラーメンをすすりながら仕事の準備をして向かう。もう雨はやんでいたけどいつもの電車が遅延したので銀座線に乗っていった。ハンバーグを作ろうか悩んで結局麻婆豆腐と餃子にした。今夜の東京は14度。結構冷えてる

5月7日

(あ)「山菜定食1500円」という母の掛け声で起床した。のんびりして昼過ぎに家を出て来週外国へ行く友人に会いに。ゆっくり歩いて少し話をした。明日またすぐ会うようなテンションで別れてから打ち合わせへ。打ち合わせと言っても顔なじみの人たちに会いに。「ポジティブもネガティブもそういう状況が写るだけ」という話には背中を押してもらうような気持ちになった。わたしのポジティブってなんだろう。あなたはどうですか

5月6日


5月5日

(あ)自宅に戻ったらきちんとスキャンしたいと思っています。昨日から秋田の山奥に来ています。今回は家族で。母と祖母と叔母と。昼は祖母の10個上の姉家族との会食がありました。祖母たちは同じ家で家族として育って、今はばらばら。それぞれがそれぞれを家族を作り、こうして集まれるのが嬉しく、そして不思議な気持ちでした。うまく言えないけれど、育ちの違いや家庭・家族状況の違い、ここではあえてひどい言い方をすると格差のようなものを感じました。それはさみしさのような恐縮のような、かんじたことがあまりないうまく形容しがたいものでした。わたしはわたしが選んで今を選択しているから後悔は一切ないけれど、家族のことを考えると少しというよりかなり引け目を感じてしまいました。相手も話すことはなさそうで、わたしも自分を卑下するように話してしまいそうで、あまり話せませんでした。祖母と祖母の姉はこんなにも仲良しなのに、わたしはうまくできなくてごめんと思いながら、笑ってその場を過ごしてしまいました。うまくできていただろうか。これは私が勝手に感じてしまっているだけであって、家族がどうとか祖母の姉家族がどうこうの話ではありません。仲はいいとは思っています。家族だし、会食するくらいだし。ただ今日のわたしが感じたこれらはわたしが忘れたくなくて記しました。家族のかたちの変化をその進行を目の当たりにしたかんじ。この気持ちを抱いたまま私は私のやるべきことをやろうということで、浮さんを聴いています。


5月4日

(あ)これは5月3日のメモ。「新潟に帰ってきて浪漫革命を聴きたくなった自分に安心した。異人池図書館からの帰り道を、あんなつぁを聴いて歩いて帰った。途中、萬代橋からふと見上げた蒼い空に孤独に輝く月から目が離せなくなった。まだ涙を流せる自分の感受性にも安心できた。まだまだやれる。離れているあなたを想える幸せをもっと大事にしよう。そばにいるあなたにふれられる温度をもっと大事にしよう」

5月3日

(ま)現在、1時41分。目を覚ますと昨夜ねむる前に振りかけた香水がかおって、それが好みのほうへ変化していてすこぶる気分よくベッドから出られた。ひさしぶりに朝の出勤なので7分くらいで家を出て働きに向かった。どうにかしなきゃいけないことを1週間ほどそのままにしているのだけれど天気が良いおかげでなんとなく足取りが軽い。向き合わなければいけないことは先延ばしにすればするほどしんどくなると知っているのに、やってしまう。先日撮ってもらった宣材写真が送られてきてもっとも笑っていないものにしてくださいと連絡をして、それからひさしぶりにお湯を張って浴槽で本を読んだ。金原さんのエッセイのつづき。父から電話がきて、わたしが9割ひとりで話す。肝心なことを話せないままベラベラ話す。なにを話しているのか自分でもよくわからなくなっても父はなにも言わない。

このごろ気に入って使っていたしおりをお湯におっことしてしまって、そのときに再配達の紙が届いていたのを思い出して明日の午前指定で荷物をたのむ。何の荷物かわからないけれどわたしは今日も香水をふりかけてねむる。

5月2日

(ま)現在、1時20分。目覚ましをかけずにねむってしまい5時に気づいて電気を消して、9時にちゃんと起きる。いろいろ必要なものが見当たらなくて一間のせまい部屋の床が見えなくなるくらいもので散らかる。見なかったことにして鍵をかけて働きに。いつも以上に空いている電車、日陰に入るとぐっと低くなる気温、いつまでも肌寒い新潟の春を思いながらいつもの坂道をあがってゆく。昨日新潟から来ていた元職場の後輩から届いた展示の案内に、どきりとする文章がある。あっという間に日常にのまれている。ピンチ度だけで言ったらこの1年間でいまが一番ピンチなので「誕生日付近はものすごく運気が良くなる」と以前母から言われた説だけをたよりに、それだけを胸にどうにかこうにか過ごしている。

いまの話をするときに少し遠くを見つめるマドンナの横顔、みおさんのピアスの揺れ、愛咲子ちゃんのあたらしいカメラ。高く高くずっと向こうでひらく藤、曇天の日暮れ。春の奈良。たくさんの景色はこの先もわたしをまもってくれる。もっともっと、よく見たいと思う。

5月1日

(あ)今日から5月ということをbetweenを更新しながら思っている。更新できなかった昨日は奈良へ行っていた。マドンナとみおさんと舞ちゃんと大切な人たちと現地集合をして、一緒にゆっくり巡った。途中、渡韓したり、鹿や人のうんこと戯れながら、自由に気ままに楽しんだ。旅の目的は奈良蔦屋さん。久保田さんは春風のような方で穏やかにときに颯爽としている印象を受けた。『私の愛おしい場所 BOOKS f3の日々』や『北書店の本棚』、三角フラスコさんのモカジャバ、ほか新潟の本やコーヒーたちが並んでいる棚をゆっくり眺めて、期間限定と言えど新潟の一部がここに受け入れられていることを嬉しく思った。われわれの『東京』も先日のBOOKNERDフェアから引き続き置かせていただいていて、申し訳なさそうな顔はせずそこにいてくれた。ありがとう。大切で大好きな人と歩く時間をかみしめながら過ごした。旅の終わりにタクシーでいったお店がここ近年で一番いいお店だった。そこに行くために奈良を訪れたくなるようなそんな素晴らしいお店だった。帰りの深夜バスは何度か目覚めたけれど体感45分くらいで東京に着いてくれた。おみやげで購入した奈良シトロンがおいしすぎてもっと購入すればよかったと後悔。また行こう。今日明日バイトをして、3日から秋田へ。写真を撮りに行く

          4月30日

4月29日

(あ)昨日ベッドに入ったのは2時とかだったのに目覚めてこれを更新している。テレビをつけっぱなしで寝てしまって起きたらaikoのインタビュー番組がやっている、大阪城が映る。携帯からはザ・バンドがながれている。これから朝食を食べる。今日は合間に音楽ではなく『この世の喜びよ』を読もうと思ってカバンに入れた

4月28日

(あ)祝日前夜の新橋も大いににぎわっている。なんとなく目に入った福山雅治のスプリングプレイリストを聴いてみたらこれがかなり私得であり、あまりきいたことはなくても福山さんらしさを感じるセレクトになんだかほっこりした。昼くらいに早坂さんがインスタグラムにあげていたのは聞くところSandrayatiのSafe Groundという新しいアルバムだった。一通り4周ほど聴いて、わたしは涙は出なかったものの、美しいアートワークと音楽からありがたいことに創作意欲とアイディアが湧いてきた。タイミングよく来週久しぶりにきょういちろうくんに会えるので色々撮りながら作ろうと思った

(ま)一度起きてからまたねむって、結局夕方まで寝たり起きたりを繰り返してそれからすこし作業をしにいく。ほんとうみたいな夢を見て出てきたひとにその話をしたらそれは今後あるねと言われて、わたしも同じように思っていたから嬉しいと思った。日が暮れてからやっとお洗濯物をほす。待ち合わせにちかさんはまた自転車で颯爽と現われた。書くことやその型のこと、領域のこと、書き方のこと、こんな風に誰かと書くことについて語り合ったのはたぶん初めてでずっとこんなお話をしたいと思っていたことに気付く。それからとにかく書き続けることしかないのだと思う。今年はがむしゃらに書く。そして取りこぼしてしまうことにももっと抵抗する。本をたくさん持ってちかさんがいる間にきっとロンドンへ行こうと思いながら満員の山手線に揺られた。帰宅するとムー子さんから詩集が届いていて、明日からの奈良旅行に持っていくことに決めた。また家賃をはらい忘れている。

4がつ27日

(あ)ひさしぶりに生理痛が激痛

(ま)働きにいくともう着いた瞬間に汗をかく季節になったのだと思った。日差しがつよくあっという間に日焼けしてしまうだろう。金原ひとみ『パリの砂漠、東京の蜃気楼』と國分功一郎『目的への抵抗』を買って帰宅する。金川さんと植本さんの新刊もはいっていたけれど今日ではない気がしたので買わないでおいた。本をひらいたままねむってしまっていて4時に気づいて電気を消したとき、外はまだ暗かった。

4月26日

(ま)雨の音で起きる冷えた朝。お洗濯物がたまっているので干したかったが諦めてご飯を炊く。すこし時間に余裕があったので阿久津さんの『読書の日記』をひらく。持っているのはサブタイトルが〈InDesign 入籍 山口くん〉というもので日記シリーズの4にあたるものらしい。ちなみに1から3は読んだことがない。触っているだけでこんなにも嬉しくなる本があるなんて。ページ数もそれはそれは多くてかんたんには読みきれそうにない。傘をさして働きにいく。お客さんに「姉AGEHAってありますか」と聞かれて高鳴った胸は今なお、高く鳴り響いている。どこかに寄り道したい気分だったが頭痛がひどいので真っ直ぐに帰宅する。岸さんのツイートが流れてきてもうすぐ発売となる『沖縄の生活史』の特設サイトをみる。みすずでこのページ数でこの値段なのか、と真っ先に思ってしまった。帰り道に生のにんじんにリボンを結んで胸のまえでもつ前で持っているひとがいた。あのひとの胸も高鳴りつづけているといい。

しばらく更新ができずにいたのですがここにくると記したいことが次から次へとわいてくる。まずもってわたしがこの場にすくわれている。愛咲子ちゃん、いつだってありがとう。

4月25日

(ま)町田康を見れた話しをしたら、そのひとも今日ちょうどINUを聴いていたよと言って嬉しかった。なんだか連動しているみたいで。へいぼんな文章にしたくないと思えば思うほどそれはひどく、平凡なものになる。

4月24日

(あ)先日東京から地元に帰った知り合いが夕空の写真をインスタグラムにあげていて、このひとはもうここにはいないのかと少しさみしい気持ちになった。と同時になんかいも同じことを書いているけど、自分がここにいることへの違和感のようなそれとは少し違うような不思議な気持ちになる。東京も新潟も同じ日本だし、もっと広い意味で言えば同じ地球なんだけど。知らない土地も減ってきて、この街の特徴やひとのながれにも慣れてきた。こっちにきてからの友人も少しづつ増えてきている。だけどじぶんがここにいるという実感だけがまだない。でも新潟にいるときも自分がどこにいるのか何をしているのかわからなくなる。まるで自分の居場所がないような感覚に近い。迎えてくれる場所も、ひともたくさんいるのに自ら孤独になろうとしている自分がいて、なんて薄情/ありがたい(もっと適切な言い方があるとおもうけど)なやつなんだとも思う。東京を知りたいと思っていた昨年、いまは、ここと自分との関係みたいなものを知りたいと思っているのかもしれないわからない

(ま)こころから頼りに思っている同期に誰にも言えずにいた話をしてみようかな、と思ったけれどやっぱりしないでおいた。しないでいてよかったと思いながらひとりで帰っていると目の前にとんでもなく大きな吐瀉物が現れた。この道ではいてしまうひとがあまりに多いし、わたしは足元を見ないで歩いてばかりである。あいたい人には目いっぱい会えたり、会えたのに全然会い足りなかったりした。

4月23日

(ま)働いている途中になんの脈略もなくほんとうにふと、祖父がなくなったことを思い出して身体中がきゅっと詰まるような感覚を覚える。音が遠ざかって息が吸えないと思ったら騒音がもどってきて一瞬でどこにいるかを思い出した。4月がはやく去ってほしいと思っていることがかなしく、また虚しい。

4月22日

(ま)働いた帰りにあやねちゃんの展示をみにいく。あやねちゃんとたまたまご一緒したふたりと4人で色々話す。明日の選挙のこと、今日のデモのこと。

4月21日

(あ)今週はひどく疲れてカメラを持つことができなかった。疲労というには安直な気もするけど、心配してほしいわけじゃないから疲れたと記してみている。久しぶりに参っていて、胃も痛くなってきたので、東京に引っ越してくるときに持ってきた数少ない写真集たちを眺めて少し涙を流してみた。分かり合うことはこんなにも難しかったのか。どうしたら分かり合えるのだろう。どうしたら戦争はなくなるのだろう。分かり合えないことを前提として捉えても傷ついてしまうのはなぜだろう。分かり合うためにわたしたちは向き合って話しているはずなのに。結局意識していないどこかで<いつか分かり合える><戦争はいつかなくなる>と期待をしてしまっている自分がいるのだろうと思う。希望を持つことと、信じることはちかいけど、期待を持つことはぜんぜん違う。わたしはこれまでずっと何に対しても対峙するように向かい合うようにそれを見つめてきて、だから正面から良くも悪くも色々なものを受けてきたんだけどそうじゃないのだとも思う。となりに並んで同じものをみること、あなたがみている世界をあなたを想像することなんだと思う。それが分かり合えないことを前提で分かり合うことを問うことなんだろうと今は思う。ヤパハウスに住んでいたころ屋上で、ひろこちゃんと舞ちゃんとわたし、三人で並んで、同じ朝焼けを見ていたときに出たひとつの答え。大切な答え。書いてたらちょっと元気でた

(ま)学校へいき、そのあと舞台を見る予定が間に合わずすぐに帰宅する。電子レンジのなかで卵を爆発させてしまう。さんざん。

4月20日

(ま)思いのほか早く学校が終わり、今までだれともご飯を食べたことがないという同期とごはんを食べにいく。驚いた。3時間くらい経ったかなと思って時計を見たら6時間以上過ぎていた。たしかにちゃんとひとりにならなくては、どんなひととも一緒にはいられまい。

4月19日

(あ)朝のんびりしすぎたツケがまわってきている。昼に再放送の昼顔をみていた。吉瀬由美子と加藤さんの色気を思うと紗和さんとなんとか先生はまだまだつまり20代なんてまだまだなんですね。帰ったらちゃんと更新したいけどまだ帰れそうにない。

4月18日

4月17日

(あ)昼すぎまで寝て、行けなかった展示のことを考えながら仕事へ向かう。今日はありもののチャーハンと餃子、たまねぎとトマトのスープ、杏仁豆腐。明日はピカタをメインに作る予定。日中は学校の展示に行くので今日はよく眠りたい。

4月16日

(あ)バイト帰り、大きな花よりも小ぶりのお花が好きと聞いたのでシラーとカラーを贈ったらとても素敵な組み合わせで私が嬉しくなった。

(ま)公園でネタ合わせをしていると町内の消火隊のかたがたの訓練がはじまって、自分たちの練習をせずに2時間丸々見てしまったのはこの日の出来事ではない。だがその公園にこの日もいた。

4月15日

(あ)待機の予定が結局稼働となった。4か月ぶりに入る案件だったけど変わらずの顔ぶれだった。聞ける人にはきいてみたけど、みなさんずっと続けていたとのこと。続けている理由は様々で、人の数だけ話があるよなあと今日も思う。夜は2日連続でソーキそばを食べた。

4月14日

(あ)今日は少し東へいって大きく北へ移動して、東に向かって、大きく西に移動して帰宅した。帰宅して迎えてくれたカモミールとチューリップさん、玄関の白いアディダスのスニーカー。いい日だった。明日は現地待機のバイトで、稼働がなかったら展示に行きたいと思っているけどいまのところ五分五分。いまは実家に忘れたメガネの配達待ち。19時から21時でヤマトさんが来る予定。待っている間に『九条の大罪』を読む

4がつ13にち

(あ)壊れたカメラの修理と新しいカメラの購入どちらが良いか考えて新しいカメラを購入した。簡易接写フィルターがあったので使ってみた、使えた。ファインダーと実際の写真が全然違くて笑った。昨日は舞ちゃんのラストライブにマドンナと向かう。前から数列目の真ん中に座って、31期生のみなさんのライブを浴びた。泣けた。みなさんの人生が明るいものであるように静かに願った。

ごはんをごちそうになった帰り道、中央線で自分に一番似合う駅は高円寺かもと思ってしまった、いやだけど。マドンナは東中野かなあ、舞ちゃんは中央線じゃないけど中野坂上。中央線じゃなかったらマドンナは目黒線とか大井町線が似合う。

会社の近くを歩いていた時、立ち止まった花屋さんで売り物にならないからといただいたチューリップ。もう会えないかもと思ったけど会えたね。

4月12日

(ま)現在、11時40分。ご飯が炊けるのを待ちながらひさしぶりにこの更新をしているとチャイムが鳴って、カラーボックスがこの部屋に届けられた。

4月11日

(あ)今朝はフレンチトーストを作ったら喜んでもらえて嬉しかったのと、だんだん利用者が自身の話をしてくれるようになってきて嬉しい。帰宅して洗濯をして寝る。昼過ぎに起きて、高野さんの展示へ。何年振りかの横浜。たまたまタイミングが合って快地くんと見に行けた。ここ近年でいちばんよかった。こないだ考えていた、<いまのわたしにとっての写真>についての答えを見つけることができた。現在地を見つけることができた。あとはどう向かうか、そして進むだけ。素晴らしい展示だったから、今製作している作品をしっかりやり切りたいと強く思えた。帰りは横浜の裏側のような街を散策しながら帰った。今日も知らないを知れた。明日は舞ちゃんのライブなので早く出勤してその分早く退勤する。

(ま)最後の授業を終えてかえってくるとものすごい空腹で、サラダとお弁当とそれからパンを食べて紅茶を飲む。一気に食べ過ぎてしまいつかれていたのもあって1時間くらい眠る。薄着に羽毛布団がちょうどいい。お湯をためてお風呂に入りながらアリ・スミス『五月』を読む。とんでもなさすぎて言えることがまだない。上がって身体中にオイルを塗っていると同期から先輩のラジオで話されているのがどうやら今日の我々のことらしいという連絡がありきいてみる。ライブが終わったら買う本を決めた。心底へんてこで変わりに変わっている同期がふと言った「さびしいじゃないすか」を茶化さなきゃよかったなと思いながらわたしも今頃さみしさを噛み締めている。ラジオでされているのは我々の話しだった。

4月10日

(あ)9時に起きる予定が10時半ごろまで寝ていた。急いで準備をして、千晴さんのグループ展へ。とても素敵だった。アンテナを、上から見たり下から見たりして、自分以外のだれかのまなざしや、このちいさな町のしらないだれかの生活を想像した。「優しい」作品を作りたいと思った。無事に千晴さんにもそのお友達のアトリさんにもお会いできて、少しお話しして、新幹線に乗って帰ってきた。明日はこの優しい気持ちのまま、高野さんの展示へ行こうと思う。

(ま)現在、10時25分。昨夜は結局顔をあらわずに、つまりシャワーもできずに眠ってしまってい朝の7時に起こされる。いやいやながらも起き上がれば気持ちの良い朝が広がっている。月曜日の混み合う道路に懐かしさを覚える。何年かこの朝の中にいたはずなのにここからはもうすっかり遠い。朝ごはんを食べていると水をひっくり返してしまったが、たいへん親切な定員さんに助けてもらう。母がもたせてくれたお弁当を片手に東京駅を歩きながら、東京駅を歩いたいちばん古い記憶を思い出そうとしたけれど思い出せなかった。コンコースを行き交うひとの足の速さに合わせるように、わたしも足早にホームへと上がった。

〈母は香水をつけるひとだったしデパートのお化粧品売り場でお買い物するときについて行ったりするのもすきだったから、小さいころから香水やお化粧品の匂いは憧れの対象だった。それは自分でお化粧品を買うようになっても変わらなくてずっといい匂いのするキラキラとしたものからほのかに香るにおいの捕まえられなさ、の虜である。〉という文章を頭に浮かばせながらマツエクをしてもらっていた。今日の担当の方からわたしが以前使っていた香水が漂ってきたから。終わって歩いて帰ってくると日差しが強く汗をかきそうなくらいである。というか少しかく。いまはお洗濯物をまわしてラザニアを食べながらこの文章を携帯に打ち込んでいて、マツエクをしてもらいながら浮かんでいた文章とはやっぱり異なる文章をかいている。すっかり桜は散って新緑がまぶしい。光のことをずっと考えている。

4月9日

(あ)おはよう。ついにカメラがこわれてエラー表示が出るようになった。壊れたカメラは家に置いて、2日目の青もの市へ向かった。2日目は15時までということもあって、あっという間に時間が過ぎていった。どんな一日だったかというと、天気は気持ちいい晴れではなかったけれど、こころはずっと穏やかだった。おかげさまで用意していたものの半分以上が旅立っていき、おなじように東京も旅立っていった。美容室の座り心地の良い椅子に座ったりして、のんびり過ごした。ぼーっとこれからのことを考えたりもした。青もの市は、今年で最後。最後らしい出店だったかはわからないけれど、この3年でそれなりに良い方向に変化した自分を実感できていることがありがたいなと思う。自分だけじゃなくて、出展者やお客さんの変化にも出会えたこと(体感できたこと)も、自分にとってありがたくて、とても喜ばしかった。

(ま)落ち着きがどうしてもなくなって普段なら買わないフルーツのサンドイッチをたくさん買って日付けが変わったころに帰宅。家族からどうしたの、と言われてわたしも自分のことをどうしたの、と思いながら、そこにいた。あぁアパートに毛布を干しっぱなしにしてきてしまったなと思いながらこれから顔を洗う。

4月8日

(あ)3度目の青もの市。昨日プリントしたフライヤーデータを遠藤さんに紹介したとき、これで新しい何か作れそうと言っていただいたのだけど、純さんからも全く同じことをメッセージとしていただいて、すきな二人から同じことを言ってもらえたことはなんだかすごく嬉しかった。何を撮っているか問われて、うまく答えられないでいる自分に今日も出会って、最初は思い出として残すために撮り始めて、いつしか自己実現のツールになっていったことをふと思い出した。それから、ファインアート写真と形容されてそう思うようにしていたこと。小冊子東京を作ったとき、表現という形容がしっくりきてからは、問われたらそんなふうに答えてきたけど、いまは(自己の)表現ではなくなってきていると感じてきていることも今日ふと自覚した。じゃあなんなのか。いままた新しいところにいる気がしている。ここはどこなんだろう。しりたい。ただの写真と言えば間違いなくその通りなんだけど、私が納得できる答えを、これから向き合う4000字に相手に伝わる形で記せるといい。と、そんなことを考えたくなる良い夜をトリップで柊太朗さんと佐々木さんと過ごした。

4がつ7にち

(あ)小学校の入学式だった日。盛大な寝坊から一日が始まった。学校へ行き用事を足してから上野へ。そして長岡へ。ますみやという素晴らしい定食屋さんでのランチから、友人と設備の整った暗室での作業。いままで話したことのない話をして、知らないを知って。それでもまだまだ知らないことばかりで、だから知りたくて。そんなことを思いながら手を動かして。うまく形容しがたい、あたたかくて幸せな時間だった。

(ま)地図をよんでもグーグルマップに音声案内をしてもらっても、目的地にたどりつけない。案の定きょうもあまり歩いたことのない場所を調子のよくないアイフォン片手にあるいていると全然違う場所に出ていた。なんというか、半分くらい行きたい方向からずれている。どこにいるのか、はわかる。ただお臍をむいている方向がどちらなのかわからない。歩きながら動いた方向で向きを確認することがうまくできない。今日のわたしには少しだけ時間にゆとりがあり、周囲に誰もおらず人通りもなさそうだったので歩きながら本を読んだ。どうしようもなく読みたい本がひさしぶりに手元にある。行き止まりになって顔を上げると角の家からちぎれちぎれにピアノの音が聞こえてくる。まったく知らないはずのにどうしてかわたしはこの景色を知っていると思って、そのことに安堵する反面うら恐ろしさも覚える。

憧れてやまない小説家の口から「やぶさかではないのですが」ということばが飛び出してきて、そのことを噛み締めながら帰った。今日もじょうずには話せなかった。だけれどじょうずに話したいと思っていること、その出発点がそもそもずれているのかもしれない。

4月6日

(あ)フレックスありがとうと思いながら出勤。起床時は相変わらずだったけど、行動しだしたらヤクルト1000のおかげか疲れが抜けているかもとなった。一瞬だけど一瞬のためにさいたまに行って、東京に戻ってアメ横を歩いてみた。雰囲気がとても良かったし上野~稲荷町~田原町あたりがかなり好きな感じで京都みがあってテンションが上がったね。4時起きなんだけど、もう3時27分、なんでやねん

(ま)現在、24時58分。このごろの情緒不安定なわたしを見かねて声をかけてくれたひとが連れ出してくれたのは映画館だった。暗闇でシートに身体をゆだね大きな世界のうねりに飲み込まれていくのは心地良く、なによりもずっと笑っていた。圧倒的な面白さの前には緊張と緩和もフリも必要ないのかもしれない。面白さはただそれとして存在可能なのだろう。もちろん独立した状態でいろんなものに接続しながら。帰り道に見上げた月の明るさにも勝手に励まされてユーミンを聴いている。お洗濯ものがたまっているが明日は雨降りらしい。映画を噛みしめながらねむったらどんな夢をみるだろう。

4月5日

(あ)昨日はお昼の購入したかぼちゃを豪快に落としてしまい号泣した。すぐハトが寄ってきて、彼らのえさになったので涙はひいた。かぼちゃさんごめんなさい。

終業後はあえて各停の電車でゆっくり帰りながら今後のことについて携帯でメモをとったり色々細かい作業をしていたのだけど思った以上に疲れていたようで顔色が白くてびっくりした。で、帰りに寄ったスーパーでヤクルト1000を初めて購入してみて、疑心暗鬼ながらも頼みの綱として飲んでみたらそのまま寝てしまった。起きたら8時だった。本当に一瞬で朝だったので、睡眠の質向上効果すごい、本物だとなった。だけど、よく考えたら初出勤だったからそりゃ疲れますよね、自分お疲れ、無事初出勤終えておめでとう。

話を少しさかのぼって、ずっと気になっていた中華料理屋で夕ご飯を食べたのだけど、期待しすぎてしまって少し悲しい思いをした。家から徒歩7分くらいの店。あと何軒か町中華のぎこいお店があるので懲りずに行ってみようと思う。

今日のは6日の朝に書いている。

(ま)朝の公園で練習しているとわんさかと子ども達が集まってきて、パーソナルスペースということばが野暮なくらい真横すれすれを走り去って行く。集っては散り、誰もいなくなったと思うとまた大集合する。みんなでひとつの大きな生命体のよう。逃げ回るよりも鬼をやるほうがすきだったからその感じでいまも追い求めているのかもしれない。なにをかは、ここには書かない。愛咲子ちゃん初出勤おつかれさま。

4がつ4にち

(あ)朝ごはんを作り終えて帰宅。退勤と好きなパン屋の開店時間が同じくらいだったので、パン屋に寄る。いつも買うのは全粒粉のまるパンとプレーンスコーン。今日はあんバターフランスも買ってみた。家に帰って、早目のお昼ごはんとして食べて、デコポンも食べて、そのまま気付いたら寝ていた。夕方新橋のおじさんから電話が来て急遽お手伝いに新橋へ。こりゃ大変だというてんやわんや具合だった。無事に終え、いただいたまかないは親子丼。おいしい。おみやげでお寿司をいただいたので明日の朝ごはんにしようと思う。夜の新橋は火曜日でも明るくて元気。帰りはなんとなく銀座線でかえってみた。4月22,23で行くか、29,30で行くか、とっても迷っているけどまだ結論は出ていない。

(ま)春になると不意に鼻血が出ることが増えるのだが中学生のころからなのでもう慣れている。鼻を強くおさえなくとも止まる鼻血は止まるし、どんなに強くおさえても止まらないものは止まらない。

4月3日

(あ)ここ数日スーツを着たので少し疲れた。平日の黄色は座れるのでありがたい。片道30分しっかり寝た。今日の夕食はしめじとほうれん草、たまねぎとベーコンの和風パスタ、レタスとトマトと人参のオイルで和えたサラダ、ゆでたまご、コーンスープでした。シンプルザベスト。明朝は肉じゃがにしようと思って、いまはいもたちを沸々させている。料理は料理のことしか考えられなくなるのがいい、集中せざるを得ないのがいい。それでも今日もふと坂本龍一のことを考えていた。好きな写真家や音楽家が、作家が彼を追悼している。本当にたくさんのひとひとから慕われていたひとだったことを思う。ミヤネ屋で、音楽以外にも関心を持たれて活動されていたとか、彼の音楽のジャンルは形容できないなどど言われていたけど、彼の中では音楽を音楽単体として捉えていなかっただろうし、もっと複合的なものとして、音楽もそれ以外もすべてが 有機的なものとして見ていただろうからジャンルなんて概念もきっとなくて。音楽家は音楽だけを聴く、写真家は写真のことだけを考えるとかそういうことよりももっと包括的に小さなまなざしから大きなまなざしでものを見ていたんだよなと思う。本当にすべてそういうことだよなと思う。わたしもがんばりたい。追いかけたい背中があることはとても幸せなことだね。ありがとう、そしてそばにいてくれるあなた、ありがとう。

(ま)ブランコをさいしょから思いっきり漕いだら瞬く間に酔ってしまうが、めげずにあまりにも綺麗な月を見上げてごまかす。明日もお天気のはずだが星が見えなかったのはここが東京だからだろうか、それともあまりにも月がひかっているからだろうか。わからなくてこれはわからないままでいいと、そう思った。爆笑問題サンデーの又吉ゲスト会を聞いて、久しぶりにプロテインを飲んだ。おそらくわたしはできるだけいつも通りに過ごしたいと思っている。こんな春ははじめてである。

4月2日

(あ)物心つく頃から中学を卒業するまでピアノを習っていたけど、好きなように弾くことができないもどかしさから辞めてしまった。後悔はしていないけど、数年前に伝統工芸士だと自らを形容するたいさんに出合ってからはその意味を理解できていたらまた違う景色が見えていたのかなあとふと思ったりはする。はじめて「戦場のメリークリスマス」聴いたのはピアノの発表会で10歳くらいだった。彼ではない知らない誰かが弾いていたけれど、こんなに美しい曲はわたしには弾くことはできないと、こどもながらに衝撃を受けた。その時はじめて、ピアノって美しいんだと自覚することができたように思う。毎日毎日聴いていたわけではないけれど、彼の影響をわたしも受けていると思うと、ただただありがとうと、たくさんの作品を残してくれてありがとうという気持ちが込み上げてくる。これからも変わらず、わたしのペースで聴いていきたいと思う。まずは「12」から。どうか安らかにいてください。

(ま)これをするから良くないんだ、と思いながらもお部屋に帰ってくるとそのままベッドに潜りこんでねむってしまい4時ごろに目が覚める。電気を消してアラームをかけてもう一度眠る。起きて残念な心持ちでシャワーを浴びる。案の定このごろお肌はものすごくごわごわしていて中々ニキビがなおらない。引きずるようにして電車に乗る。金井美恵子『岸辺のない海』をひらくが全然読めなくて車内で大声を出したくなる。まるでなにもわからなくて、何かを分かろうとしながら読んでいることになんだかもう疲れてくる。これはわかるとかわからないとかの小説ではないのだろう。電車を降りたらまるで知らない道みたいにいつも登る坂を登ってみる。気分がよくなる。街の至るところに新社会人の集団をみかける。

4月1日

(あ)昨夜は生きるという映画を鑑賞した。1952年公開当時の日本での「映画」は娯楽だったとはね。今じゃ文化であり、教養だよ。パチンコがそうなる未来はあるのかな

(ま)現在、23時40分。洗濯物びよりのお天気でじゃぶじゃぶ回して朝ごはんもたくさん食べる。今日はおやすみにした土曜日である。昨日やよちゃんに教えてもらったラジオをかけつつお部屋の掃除をする。窓を開け放って空気を入れ替えると、落ち着いた。相変わらず遅刻しながら近くの公園へ行くとものすごい人である。ねむっている人に食べて飲んでいる人に、桜を見つめる人。ポケットに入っていたと言ってもらった一枚の桜の花びらが、たよりなくてかわいらしい。夜は肌寒いけれど歩いていると気持ちよくなり、なんだか帰るのがもったいなくなってしまいコインランドリーへすこし寄る。読みかけの『月と散文』をしずかに読み終わる。次はなにをひらこうかと本棚を眺めながら、いま書こうとしているもののことを考えている。

3月31日

(あ)もう今年は会えないと思っていたところ、会えて、うれしくて贈ったチューリップは八重咲の赤色。

(ま)会社に置いていた私物と思われる大荷物と送別であろうたくさんのお花を抱えて電車に揺られるサラリーマンを見ながら、わたしも1年前にあんな風にして会社をやめたということがまったく信じられず妙な気持ちになる。直近の12ヶ月は本当にありがたいことに体感2年分くらいあって決してあっという間ではなかった。そんな風に過ごせたのは周りの方々のおかげで、つくづく一人ではないのだと思う。もっとしっかり自分がもっているものを抱いて明日からの来年度もはしっていきたい。わたしによってしかわたしが走ることはできないのだから。ながい雨降りにも負けずに思いのほか桜はまだ咲いていて、夜に吹く風もずいぶん柔らかくなった。星はみえない。

3がつ30にち

(あ)ひらがなの気分ではなかったけど。帰宅して用事を済ませて仮眠と思って布団に入ったら3時間も寝てしまい、行きたかった展示に行けなかった。でもすっきりできた。ヤパ時代から使っている洗濯機がいよいよ壊れそう。

(ま)気持ちがすっかり滅入ってしまってうまくスイッチがはいらないままいろんなことに取り組んだら散々で、落ち込みだけが加速する。それでも想像以上に良い日があれば心配したってどうにもできない日もあるからその打率をできるだけ上げていくしかないのだろう。今日は雨降りじゃなかっただけラッキーである。紀伊國屋でたのんでいた『月と散文』を受け取り店内をすこし歩くが、いつになくどんな本とも目が合わない。読みたい気持ちはあるのになににも手が伸びずなにも見つけられない。行き交うスーツを着たひとたちはみな自分が行くべき方向へ迷わずに歩いているように見える。東口前で歌うシンガーに合わせてわたしもいっしょに、口ずさんだ。こんなにも安定からは程遠い日常だがそれでもこの今日を選んでよかったと思っている。歌われたのは椎名林檎である。

3がつ29にち

(あ)3月がいちにちずつ終わっていく。昨晩はなぜか寝れなくて2時ごろまで起きていた。何時に目が覚めるだろうとおもいながら目を瞑る。そして目を覚ましたとき、8時半前だった。原宿へ向かう。14時までかかると思っていた用事が11時半には終わり、フライングタイガーでバイト用のドキュメントケースとふせんを手に入れ、一緒に購入した黄色いお花柄のエコバックにそれに入れてじゃっかんスキップで帰宅。現在は19時32分。夕飯は給食のようなカレーと、豆とキュウリのサラダ(vovoのサラダのイメージ)と、トマトスープ。今日は夜勤。家のほうはわからないけれど職場付近では強いにわか雨がふったので洗濯物を取り込んできてよかったと思った。漢字、カタカナ、英語、ひらがななら、今日はひらがなの気分

(ま)コートを脱いだときに自分から漂ったお線香のにおいを嗅ぎながらただぼうっと中央線の快速に揺られた。

3月28日

(あ)家賃の振り込みが27日なのを先月に引き続き失念してしまい、今日の14:44に振り込んだ。月末でも25日でもなく、27日は独自ルールだなと思う。いつも使っている銀行ではなく、他行への振り込みなんだけど、なんだか特別優待ルールとやらに該当してくれて、振り込み手数料がかからなかった。ありがたすぎる。どうやら月1回までなら他行への振込は無料とのことだった。振込先の銀行口座を作ろうと思っていたのだけど、その必要がなくなりそうでありがたい限り。ありがとう三菱UFJ。来月も忘れそう。あと3日で3月が終わる。一人暮らしを始めて2ヶ月が経とうとしている。変わったことは、あまり眠らなくなったこと、週4くらいで湯船に入るようになったこと、ありえないくらいご飯を食べるようになって5キロも体重が増量してしまったこと、エアフォースを履くようになったこと、またテレビを見るようになったこと、火で湯を沸かすようになったこと、二人暮らしの頃より水道光熱費が高いこと、レコードでもちゃんと音楽を聴けていること。忙しいと集中できないを言い訳に映画を見ないことを辞めたこと。どんなにお金がなくても一輪だけは部屋に花を飾ること。変わらないことは金欠なこと、時間の使い方が下手なこと。メールやラインの未読が1000件、2000件溜まってしまうこと、だけど大事な連絡は早レスできる(気でいる)こと。オーセンティックを履くこと。週2でヨドバシにいくこと、家族との連絡頻度、自分のペースでのんびり本を読むことでしょうか。みなさんはいかがですか。

(ま)現在、1時5分。さいごのオーディションが終わって新幹線で新潟へ。ほとんど満席の車内のなかで赤染さんの『乙女の密告』を読み終わると同時に意識を手放していたようで、気付くと到着のアナウンスが鳴り響いていて飛び起きる。左隣の子がずっとドリルをやっていたけれどどう見ても新幹線の机では解きにくそうだった。今日はばったり知り合いに会っても声をかけずにいようと思いながら駅を歩いたが、誰にも会わなかった。星がよく出ている。

3月27日 21:58 #254

(あ)一日一枚、迷走中。

「絵で何かを表すことは翻訳ではないでしょうか」という横山さんの言葉をみて、では写真で何かを表すことはそれは翻訳になりうるのだろうかと考えた。翻訳とインターネットで調べると、翻訳という言葉の意味よりも先に、翻訳ツールに関する検索結果が表示される。翻訳という言葉ではなく翻訳という役割が必要とされていること、我々の生活に翻訳という行為がどれほど染みているかということがとてもよくわかる結果だと思う。翻訳という言葉のいみは、オックスフォードの辞書によれば「ある言語で表現された文章の内容を、原文に即して他の言語に移しかえること。」写真を言語と捉えることはできると思うけれど、写真を翻訳するということは、なにかへ投影するような要素が強い気がした。写真はなにか含んでいるようで、目の前のそれをただ写しているだけ。写っているものをみているようで、われわれは撮影者の眼差しをみているという、写真は単純だけど、めんどくさくて不思議な表現だと思う。話を戻して、言葉を写真として翻訳することは難しい場合があるけれど、写真を言葉として翻訳をすることはできるから、写真と言葉の関係は、わたしは、どうしても言葉が優位なのだと思ってしまう。優位だからどうということが言いたいのではなく、そう思うから、わたしには何ができるのか考えたいというような気持ちなのだけど、舞ちゃんと作品を作りはじめてからずっと変わらず思っていることに気がついた。変わらずというよりは少しずつ大きくなっていっている。ただ、「展示」という表出になると、写真はフレームのおかげで立体になり、写らなかった空間を感じることができ、写真なはずなのに写真じゃなくなるような気がして、そんな”気”が写真を膨らませてくれる。膨らませてくれるけど、それでもやっぱり言葉の持つ力はイメージより遥かに大きい気もする。(わたしの)写真が言語に近ければ近いほど、それはまた別のなにかに翻訳しやすくなって、(わたしが)話す言葉が写真に近くなればなるほど、その作品のもつ力が大きくなる。何かに寄せるわけではなく、強くある/強くあろうとすることはこれはより他者とわかり合えるための鍵の一つである気がしている。それを理解したうえで、言葉に近くなくても、音や感情を含んでいるものでありたいと改めて思う。変わらないものはずっと変わらないことけれど、こんなふうに更新していけることはありがたくて嬉しい。さあわたしは明日をこれからどう考えて、どう見つめていこう。良いヒントをもらった。そんなことを考えていたら、電車を間違えて、三鷹と吉祥寺を2回行き来して、10分足らずで着くところを35分ほどかけて帰宅しました。

ちなみに、今回の展示の会期中は、チョコレートとバターのバケットサンドが提供されていました。「あなたとの境界を溶かしたくて、でも境界があるからあなたを感じられて、ごちゃまぜになった思いをあなたの名前に託す。こんな近くて、遠い、わたしたちは、どこまで行けるのだろう。振るい落とされないように互いにしがみつきあって。そんな味。」と熊谷さんは記していました。迷っているようで先に先に伸びていく、後ろを振り返らないような線からは、交われないけれど、また同じ場所には戻ることができる。今度は違う視点であなたを見つめることができる。行ったり来たりではなく、行くばかりだけど、行くばかりだからこそまた戻って来れると思えた。そんな「線」を見ました。

(ま)コインランドリーで話し込んでいると3時半を境に空が明るくなりはじめ、またあとでと言って逆方向へわかれた。

3月26日

(あ)先日の有吉の散歩のテレビでは北千住特集だった。今日はたまちゃんとそのお友達に会いに北千住へ。2度目の家劇場で家主の一人芝居(ゲストあり)を鑑賞。息づかいや汗が肌を流れる感じ、ライブやなあとみていた。そのあとはたまちゃんのシェアハウスにお邪魔して4時間ものんびりしてしまった。居心地のいい家だし、街の雰囲気もとてもいい。雰囲気がいいなと思う一つは、すぐそばに荒川や隅田川が流れているからなのだと思った。川風には何とも言えないヒーリング効果があるね。キムさんのおいしいコーヒーをいただき、からあげをみんなで仲良く食べ、街を少し歩いた。そのあとはエブリシングを鑑賞。カオスのベールに包まれているけど、内容はとても素朴で映画らしい映画だなあと思ったのと、クレジットに日本人の名前、エンディングソングがミツキなのもよかった。なんかいい週末だった。

(ま)北千住からの帰りみちにぼうっとしていたら電車を間違って千葉に着き、聞いたことのない駅だったので構内をぶらぶらしてヨーグルッペを飲む。15分くらい電車が来なかったので千葉に着いたことを友人に電話すると、「そんなわけないやん」と最初しんじてもらえなかった。たまちゃんとおたまちゃんは名前こそ似ているがそれぞれいろんなものをもっていて、いくらでも話をききたくなるようなふたりである。床にそのまま置かれた『違国日記』は9巻までで、わたしもまだ最新刊を買っていないことを思い出す。

3月25日

(あ)土曜日という感覚がなく何かといえば金曜日のような感覚になっている。いただいたスイートピーはもう水を吸えなくなってなんならドライ気味だけど、捨てることがまだできず飾っている。春のお花はなんてかわいいのだろう。桜が先週から満開なはずだけど、雨風で散っていく。家の前の道路に花びらのじゅうたんができていた。うつくしいこの景色は春だけ見ることができるね。植物が芽吹く(生物から見た世界)という意味では春が一番好きだなあと思う。

(ま)帰りみちに混み合った電車へ向かって勢いよく走っていく二人組がいて、前にいたひとりだけが滑り込むことに成功しもうひとりはホームにひとり取り残されていた。虚しくドアは閉まってもうひらかなかった。それをぼんやりとみていると肩をたたかれ振り向けば、落っことしたらしいスイカを知らないひとが拾ってくださっていた。お腹がひどく空いていたので24時までやっているケバブ屋さんに寄ったら、いつも通りキンキンの照明はついたままで〈KYO YASUMI〉という貼り紙がしてあった。痺れた。

3月24日

(あ)朝食を8時ごろに済ませて、先日目黒に行ったときに購入したレコードをかけてみている。ほしかったユーミンの盛岡の歌が入っているものと、デュークエリントンのもの。ユーミンのはところどころ音が外れてしまうけど、これでBOOKNERDで過ごした夏と、それまでの苦しい日々と、コロナ療養の日々をいつでも思い出せる。音楽はタイムカプセルのようなものでもある。

(ま)月経前特有の身体中のもたつきがあるし雨だしで授業がおわってすぐにかえってくる。ライブの動画を見ていたら気づくとねむってしまい19時すぎで、今朝の炊き込みごはんを食べながらどろどろと過ごす。閉店20分前の紀伊国屋本店に電話すると又吉の新刊『月と散文』のサイン本がまだあるとのことで取り置きのおねがいをする。前住んでいた駅の書店にもはいっているようだったが、なんとなくその駅に行くのはもっとずっと先になってからがいいと思ってかけなかった。すぐ近くなのだけれど。昨日なっちゃんにいただいた花瓶にさしたユーカリがかわいくて何度もみる。書こう書こうと思っているお手紙を今日もかかなかった。だけど遠くに住むあのひとはどうしているだろうか、と毎日のなかでよく考えている。それは思ったよりも頻繁である。

3月23日

(あ)昨日は写真を撮ったあと、昨年の初夏ぶりに目黒を歩いた。旧友としょうもない話からこれからの大事な話をして、夜は六本木にある流れ坂のお店をハシゴして過ごした。知り合って5年とは思えないくらい、濃厚な関係と思ったけれど、一人は一緒に住んでいたからそりゃそうだし、一人は久しぶりに会う気がしないほど合うひとだよなと帰り道に思っていた。キクロンのスポンジと、瀬波の入浴剤を新居祝いにもらった。お礼にくふやくわづをプレゼントしようと思っている。

(ま)新宿会場での最後のライブはいままでで一番よく客席が見えた。

3月22日

(ま)到底受け入れられないかなしみはほんとうに、突然やってくるわけだがそれでも日常はつづき、自分以外に自分に責任を取ってくれる存在などいないのである。だからインドにいるあすちゃんはハンガーラックを組み立て、わたしはまたロールキャベツを温めて食べ、深夜に虚無のなか食パンを食べる話で共感し合う。どうしようもないことをそのまま受け入れるには時間がかかる。だからこそ同じかなしみを知るひとがいてくれることは心底心づよい。うそだったらどんなにいいだろう。でもうそじゃないから、それをもったまま明日を生きるのである。

3月21日

(あ)逗子から帰る京急の車窓からふと見えた空が青くてびっくりした。夕空。青もの横丁という駅を過ぎた。

(ま)現在、22時23分。今朝は少し前に祖母が送ってくれて解凍していたお肉をお米といっしょに炊いて炊き込みごはんにする。明日のほうがお天気そうなのでお洗濯は回さない。祝日で休日。お昼には出たかったけれど結局14時すぎから外出する。道すがらいつもは誰も歩いていない神田川沿いにたくさんのひとがいるのを尻目に、混み合っていたので橋の上からすこし桜を眺める。うしろに広がる曇り空。浮き上がってうそみたいな桜。絵しりとりをしてあまりにも絵が得意でないことをひさしぶりに思い出す。負けず嫌いなひとをわたしは信頼する。twililightさんで買って、手に入れたことに満足していたリディア・デイヴィス『話の終わり』をすこしずつ読みはじめて、もうすぐアリ・スミスの短編集が出るのでそれを読む前に読み終わりたい感じがある。『五月』という短編にぶち抜かれたのはどのくらい前のことだっただろうか。朝食はすごい。なんたって朝食を食べると一日2食でもお腹が減る時間がほとんどない。それなのにどういうわけかこの頃は、お腹がすいていないのに何かと食べてしまう。明後日からは雨の日がつづくようである。

3月20日

(ま)現在、3時2分。朝はごはんを炊けずに働きに。日付が変わったころに牛乳だけ買ってかえってきて少しねむってしまい、身体が冷えていたのでお風呂にはいる。このごろは湯船につかりながらあるひとのnoteを読み込んで上がってからたっぷりお茶を飲むのが日課になっており今日も例のごとくそうした。どんなにたくさん飲んでもお手洗いにいきたくて目覚めることがまったくないので、採っているつもりでもまだ水分が足りないのだろうか。帰りみちを歩いていると吐瀉物が数メートルおきに落っこちておりだんだんその感覚は短くなっていて、危ないと言われなければわたくしはその全てを踏みつけていただろう。視野のせまさ。夜は冷えるので洗った羽毛布団をまた引っ張り出してきてそれにくるまれる。いや、くるまれているようでこちらが包んでいたい。マスクをしていないひとはずいぶん増えた。

3月19日

(あ)バイトを終えた朝に豪快にアイフォンを落として背面ガラスが砕けた。トライポフォビアのひとには見るに堪えがたいアイフォンになってしまった。アップルケアに入っていてよかった、変えてきます。いつのまにかいただいたお花はスイートピーとつぼみだったラナンキュラスだけになった。お花を撮りたかったのにこんな感じ。3日ぶりくらいに晴れたので、11時くらいに家に帰ってからシャワーを浴び、洗濯を回して布団を干した。少し寝て、またバイトへ。2連荘夜勤は最初で最後であってほしい。関係ないけど、ポピーの別名は早春のプリンセスというらしい可愛いお名前とのことです。

(ま)現在、22時34分。いつも休憩のときに寄るコンビニに、いついってもいる店員さんは髪の毛を真っ白に染めていて、そのプラチナヘアーにわたしはいつもハッとする。なにか忘れているようなことがある気がして。今日いってみるとずっと腰まであったながい綺麗な髪の毛は見事に肩上のボブに切り揃えられていた。あたらしい線を手に入れた彼女の声はいつもの通り低く、手際もいつも通り素早い。すれ違ったひとが「村上春樹はわたしに初めて一人でも大丈夫だということを伝えた人物だ。いまだってリュックに一冊はいっている」といっしょに歩いているひとに力説していて、歩きながら話す話題にしては大きい、と思う。かえるときに、枡野浩一『かんたん短歌の作り方』と蟹の親子『浜へ行く』を買う。お店を出てビニールをやぶって読みながら駅まで歩いているとふと、その歩き方をしてよく父に怒られたことを思い出して、父に「グンナイ」とエビのスタンプを送る。いまは帰りの電車のなか、明日はごみ捨ての日であることを思いだして靴を脱ぐ前にすてにいってしまってそのまま座る前にお風呂にもはいろうと思う。そう、今はたしかにそう思っている。くちびるの傍にできたふきでものが、いよいよよくない感じで膨れている。

3月18日

(あ)昨晩は友人と3時ごろまで話しこんでしまって、ゆっくり昼ご飯を食べて解散した。見送るときはいつになくさみしさを抱いて、なんだろうこれはとなった。

(ま)現在、23時14分。しばらくぶりに日付が変わる前にお風呂にはいってこうしてPCをひらいている。おすすめしてもらった石田夏帆『ケチる貴方』を湯船に浸かりながら読む。主人公の勤める会社が以前働いていたところにいろいろ近くてその景色、わたしも見たなぁと思いながら一気に読み終わる。気温が下がり雨が降るなか電車に揺られて働きにいく。帰るころに雨はあがっている 。3分の1ほどしかマニキュアが残っていないわたしの両爪は綺麗とは程とおく、そういえば昨晩愛咲子ちゃんのおうちからトップコートを持ってくるのをすっかりわすれていた。さいきんよく話す同期のグループトークに「みんな寝た?」ときたので「ねた」と返す。曜日感覚がどんどんなくなっている感じがこのごろまた強くなっている。既読はまだつかない。

3月17日

(あ)同級生でも幼馴染でもないかれこれ10年ほどの付き合いになる友人が東京に来てくれた。10代から二人でおいかけていたバンドのライブのため。会場は今年の7月に閉館する中野サンプラザ。最初で最後のサンプラザだと思ってチケットを購入したのは去年の11月くらいだっただろうか。サンプラザでというところもそうだけど、久しぶりに彼女と一緒にライブに行きたいと思って連絡をした。そのころは舞ちゃんとの暮らしを終えようと丁度話していたころで、まだ中野に住んでいたころ。ライブ当日はどんな気持ちでいるだろうかと少し未来の自分を想像した。夕方、一年もすまなかった中野で降りて、少し歩いた後すしを食べて、彼女はクレープを食べて、ゆっくり会場へ向かった。二人で座りながら私たちのペースで聴いていた。何回この人たちのライブに足を運んだだろうか、今日までの日々でのいろいろな出来事が頭をなでてくれるようにながれていった。それはそれは幸せそうなリズムを刻んで。

ありがとう。

(ま)学校の帰りに一本ライブを見て、それからお布団を担いで愛咲子ちゃんのおうちに行って帰ってきたら即ねむってしまっていた。4時くらいに目が覚めて電気を消してもう一度ねむったけれどぐっすりはねむれず。電子レンジのなかで温めたロールキャベツがどこにもいけずに思い出されるのを待っていてくれた。帰り道に東京マラソンでランナーが花壇に向かって放尿していた道を歩いた。

3月16日

(あ)今日の写真はまだとっていません。

暗室に来ているけど、うまく作業できそうになかったのでやめた。こっちに来てからロクに働いてなくて、冬に体調も崩して、でもなんとなくやりたい方向もわかってきたから、動いて、そしたら無事に職が決まって、頑張ろうと思っているけれど、自分はいつまでこういうことをやり続けるんだろうと今日も考えた。暗室へ向かうとき、生えていたローズマリーを触って、手についたにおいをめいっぱい吸う、そして吐く、そんなあほなことはできるから大丈夫だと言い聞かせているけどもいま人生で一番お金がない。

(ま)面談にいって公園でネタ合わせ、それからすきな喫茶店へいった。わたしの文章を読んだときに、このひとは小説を書きたいと思っているのだろうと感じたと言われて驚く。それからすきな小説について話したけれどすきなものはほとんど全くかぶっていなくて、それなのにこのひともまた「小説」に救われてきたのだということがはっきりわかった。名前が出たわけじゃないけれどちかいうちに中原昌也を読もうと思う。帰ってから今日は桜をよく見なかったことを思い出しながら、期限のすぎた牛乳を飲んだ。

3月15日

(ま)バイト先に同じ時期にはいったなっちゃんは同じ歳なこともありあっという間になかよくなって、そうしていっしょに働き始めて気付けば半年以上経っていた。今日ははじめて時間が完全にかぶっていたから帰り道にケバブを食べて同じ路線に乗ってかえってきて、なんとなしにあと何回同じ日の勤務かを確認した。忙しくなかったけれど働いたあとでそれも22時をまわっていたからふたりとも口数が少なくて、でもこんな帰り道は新鮮でこころが躍った。なっちゃんはよく気がついていっしょに働いているとたのもしいし、わたしよりもできることがたくさんある。でも再来週いっぱいで職場では会うことができなくなる。もう春なのだ。

3月14日

(あ)バイトをしてきた。日暮里の方に住むイメージはわかないかも。日暮里ではないことが分かってよかった。

(ま)わたしが頭の中で〈ラバーガール〉というとき、そのことばは愛咲子ちゃんとひろちゃんのふたりの声によって発される。だからこの6音はとくべつな音なのである。短歌において長音「ー」はひと文字にカウントされる。

3月13日

(あ)バイトをしてきた。

(ま)情熱大陸があまりにもよかったのでずっと前にひろちゃんが貸してくれた片桐はいり『グアテマラの弟』をひとおもいに読んだ。それからこれまた発売当時にひろちゃんがものすごく推していた井戸川さんの『ここはとても速い川』を読む。公園でスケボーをするひとたちはもう半袖だがわたしは今日もマフラーを巻いていた。たくさんのひとが噴水の前でポーズを取って写真におさめ、ゆっくりと去っていく。

3月12日

(あ)夕方ごろまでごろごろしてしまった。映像研には手を出すなをみていたのだけど、アニメの制作現場では声優さんなどのキャスティングはどのように決まるのかが気になった。あまりにも伊藤沙莉が適役で。そして原作はどちらからでているのか調べたら、信頼のスピリッツだった。いただいたラナンキュラスがこれでもかと有終の美を残そうとして咲き誇ってくれている。花屋さんでのラナンキュラスさんの販売が終わる前にもう一度迎えたいと思う。

(ま)食欲が少しだけ戻ってきて今日から働きにいく。休憩になって建物から出ると尊敬してやまないアーテイストが同じ建物に入っていった。そのひとにも休日があるという当たり前のことを目の当たりにして、安堵した。

3月11日

(あ)突然 small pieces が開けなくなり、これを機会に境に small pieces 2 を作成しました。わたしは今日は、海岸沿いへ向かいました。千葉の海。このうつくしい凪がいつ一変するかなんてわたしたちには誰にもわからないけれど、動物は感じ取るというから、神もわかるのだろうか。この海に、動物に、自然に、地球に生かされているということをもっと考えていこうと思いながら帰りの電車にゆられていた。そしてすこし寝た

(ま)今日もやすませてもらって近くの耳鼻科へ。体調の波が落ち着いているときに『わたしは思い出す』を少しずつ読む。ほとんど「わたし」という人称は出てこないけれどそれでもその日記を書いている「わたし」、それからその子ども「あかね」がどんどん他人ではなくなっていく感じがあって、実際に他人などではないのだと思う。1年前にある写真家のアトリエで見た一枚の写真のことを思い出す。海に浮かぶ動物の写真。

3月10日

(あ)かいち氏が声をかけてくれて、荻窪のお洒落なところでコーヒーを飲んだ。そのあとはタイトルさんでエレナさんの展示を見に。以前 twililight さんで本を見て以来気になっていた方で展示をしていると教えてもらって見に行ってきた。自身がやりたいなあとぼんやり思っていることに近い形で展示をされていて、ぼんやりしていたイメージが少し具体化された気がした。頑張ろうと思う。

(ま)起きてすぐに喉がまだ痛く、昨夜の調子のわるい感じはやっぱり気のせいじゃなかったと思いながら学校へいく。テンションのある場に行くと自分のテンションも上がってそのまま合ってしまうのだけれど、帰ってくるとやっぱり調子が良くないことを痛感しながら薬を飲んですぐに眠る。体調悪くなって食欲がなくなることがほとんどないけれど今回はめっきり食欲がない。ポカリをがぶがぶ飲んで眠って少し起きてまた眠るの繰り返し。いつもより部屋が広く感じる。